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こころのアンテナ
小学生の時にある先生から頂いた言葉です。いつまでも「こころのアンテナ」を立てていろんな事を経験し学びたいと思っています。

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被災地気仙沼市(宮城県)でみたもの 1.経緯

投稿者:maru 投稿日:11/03/24 23:05 view1388view

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 今、私は仙台の親戚宅でこのブログを書いています。この家は市の中でも被害が少なかった地域にあり、電気・水道・ガスの全てが通っているので、家の中にいる限りは不自由ありません。
 
 あと1時間で、仙台駅から高速バスに乗り東京へ戻ります。
  ブログタイトルにある通り、私は災害で特に被害の大きかった宮城県気仙沼市を訪れてきたのですが、訪れることになった経緯や、被災地に到着するまでの出来事、被災地の状況を何回かにわけてこのブログでお伝えしたいと思います。

 高速バスに乗るまで時間が限られているので、今回は被災地を訪れることになった経緯について書きたいと思います。  

 私は大学進学とともに上京してからそのまま東京で働いていますが、生まれてから高校卒業までの18年間を気仙沼(旧本吉町地区)で過ごしました。気仙沼は漁業に恵まれた海のきれいな町で、私の実家からも歩いて15分の場所に海水浴場があります。私が高校生の時に、気仙沼に吸収合併されてしまった地元・本吉町はとても小さな町で、町を歩けば知らない人はいないというほど、お互い助け合って家族のように温かい町で、田舎だけど私には自慢の地元です。  

  11日、地震の震源地が宮城県沖と知った時にはもう遅く、実家への電話はもちろん、家族や友人の携帯へも全く電話が通じない日々が続き、メディアを通してでしか知ることのできない地元の情報に私は不安で眠れない週末を過ごしました。週明けに携帯の画面に「父」と表示され電話が鳴った時には涙がでました。地震があったその日、父はたまたま岩手の遠野にある親戚の寺にいて難を逃れたそうです。他の家族の様子を聞くと、父もまた連絡がとれず安否がわからないと言ってきました。ただ、きっとみんな大丈夫だよ、と。  

 その後数日かけて、家族・親戚全員の無事を人づてに確認することができ、神様や仏様に感謝するばかりでした。ただ、地震のあとの10mを超える大津波で町がなくなってしまったこと、近所の人たちや友人の家族が行方不明だということ、小さな学校の体育館で500人以上の人たちが寒さと飢えの中不安な毎日を精一杯生きていると知り、方法を考え、道が出来次第すぐに実家に行くことに決めました。  

 余震が続き、福島原発の問題もある中で被災地に行くなんて無謀だと言う友人もいました。私自身もその危険はわかっていましたが、大事な家族や友人、地域の人たちが苦しんでいるのにテレビの前でじっとしていることができなかったのです。そして、地震発生から9日目の朝、19日の土曜日に東京から新潟経由で被災地に向け車で出発しました。  

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