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66.ドレスコード

66.ドレスコード

2015年08月06日 (木) 07時00分配信 投稿日:15/08/06 07:00 icon_view 466view

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著者:菅野敦之

最近は様々な面で過剰になり過ぎているように思います。

例えば服装についての話ですが、外部の実習に出る前の指導で、一成人として社会を意識させるために学生に「ジーパンはダメ」「襟のついたシャツにしましょう」「色柄物はダメ」「髪を染めるなら〇番まで」等々のドレスコードの概要を伝える時に、以前ならこの程度の基準でも、皆それなりの身なりが出来て、特に問題になることはありませんでした。しかしながら最近では、見事に隙間を突いたとしか思えない微妙な服装でやって来て、『ダメという基準に書いて無いですから』と、平然と言ってのける学生が散見されます。

ならば徹底的に細かく指示し、「それ以外は認めない!」と言うべきなのでしょうか?意外にも、この考えに対して「最近はしょうがないんだ。」と肯定する声が指導側の立場からも少なからず聞こえます。これを果たしてジョーシキとしてしまって良いものか、甚だ疑問です。大人として扱い自覚させるべきなのに、子供の様に上げ膳据え膳で教える方法で、本当に必要な感性が身に付くものなのか・・・。

少なくとも、医療を始めとしたヒューマンケアサービスを生業としようとする人間に、この上げ膳据え膳が当たり前の感性を染みつかせてしまったら、ろくなことにはなりません。細かい規則を並べ立てなくとも、例えば「外部のお客様と会う時に相応しい服装をしなさい」と言っただけで、それ相応の身だしなみをすることさえ出来ない様な相手に、ケアをして貰いたいという人がいるかどうかを考えてみれば、本当は誰でも分かる話です。

その意味で、最近の学校も社会も、生徒や学生に対して何でも先回りして手を差しのべる風潮が過剰になり過ぎてしまい、本来持つべき感性を研ぎ澄ませる機会を潰してしまっているように思えてなりません。特に医療においては弱者に対する臨機応変の対応が求められる状況に遭遇する機会が当然ながら高頻度なわけですから、何か起こる度に、「習ってませんから」「マニュアルにありませんから」は一切通用する筈がありませんし、相手方からの信頼が得られる訳もありません。こんなコトで時間を費やしている場合ではないんです。医療を始めとするヒューマンケアサービスに携わるならば、感性を磨いたり、人との軋轢の中での身の処し方考える機会は、ある程度必要であり、その経験の場を与える事が何らかの形で絶対に必要だと思います。

昔は、ほとんどの人が特に教わるでもなく無意識に出来ていた事が、今はわざわざ教えなければならない様な話が、やけに目立ってきた様に感じますが、単に私が、歳をとっただけなのでしょうか・・・。

この記事について/著者:菅野敦之

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